上杉謙信公の遺骸を祀る御堂(みどう)が建立され、米沢城内随一の聖域となった場所です。 天正6年(1578年)越後・春日山城で没した上杉謙信公の遺骸は、上杉家の移封に伴い、春日山から会津若松を経て米沢城 へと移されました。慶長17年(1612年)には、この地に謙信公の遺骸を祀る御堂(みどう)が建立され、城内随一の聖域とされました。その後、明治9年(1876年)に謙信の遺骸は上杉家の御廟所へ改葬され、明治24年(1891年)、この碑「祠堂遺趾之碑」が建立されました。 Post 上杉謙信公像 前の記事 伊達政宗公生誕の地 次の記事